バイス ライス 国務長官
「ダークナイト」「アメリカン・ハッスル」のクリスチャン・ベイルがジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領(バイス・プレジデント)を務めたディック・チェイニーを演じた実録政治ブラック・コメディ。9.11同時多発テロを受けてイラク戦争へと突入していったブッシュ政権の驚きの内幕を、チェイニーの知られざる実像とともに過激かつ皮肉いっぱいに描き出す。共演はエイミー・アダムス、スティーヴ・カレル、サム・ロックウェル。監督は「俺たちニュースキャスター」「マネー・ショート 華麗なる大逆転」のアダム・マッケイ。これまでも数々の作品で肉体改造を行ってきたクリスチャン・ベールが、今作でも体重を20キロ増力し、髪を剃り、眉毛を脱色するなどしてチェイニーを熱演した。妻リン役に「メッセージ」「アメリカン・ハッスル」のエイミー・アダムス、ラムズフェルド役に「フォックスキャッチャー」「マネー・ショート 華麗なる大逆転」のスティーブ・カレル、ブッシュ役に「スリー・ビルボード」のサム・ロックウェルとアカデミー賞常連の豪華キャストが共演。副大統領にスポットを当てた政治劇ということだけでも興味深いが、ジョージ・W・ブッシュのような大統領だと、クリスチャン・ベールの迫力ある演技もあってか、イラク戦争も始めた黒幕はやはりチェイニーに違いないと思える。チェイニー夫妻の演技にはシリアスさがあるが、しかし、しょっぱなのライス国務長官のそっくりさんぶりに笑ってしまった。コリン・パウエル(ライスの前任)の国務長官なんてもうそのまんまですから。タイラー・ペリーという俳優さんですが、もろ激似ぶりですからね。もっと凄かったのが、スティーブ・カレルがラムズフェルド国防長官に見えて来ることです。さらには、あのでも「バイス」はごく最近の出来事で、かつチェイニーを始めほぼ存命中の人物たちを描いているにもかかわらず、その限界を軽々と超えてきます。史実であり、実在の人物なのに、思わず大笑いをするコメディでもある。おふざけよりも怒りの気持ちが勝っているから、最終的には軽やかさを志向しながらも、そうなれずにいるみたいな映画になっていた。しかし、イェール大学を素行不良で放校された男が、リン夫人の支えがあったとはいえ、どうしてアメリカを動かす人物になれたのか。新保守主義を支えたディック・チェイニーの思想や信条が、どのように生まれていったのかには触れてはいない。ワイドショー的手法では、判然としないのだ。それでも、なにかと夫をけしかける妻の背景は短いが、パシッと理解できるように描かれていた。憶測でもいいから彼なりの大義や価値観について踏み込まないと、この手の政治家はただの悪玉にしか見えなくなってしまう。まぁ、けっして善人ではないだろうが。というわけで、アメリカが嫌な感じになっていく家庭を追った実録ものとしては問題なく観られます。2019      ランキングに参加中。クリックして応援お願いします! 『バイス』にはチェイニーをはじめ、ジョージ・w・ブッシュ大統領、パウエル(国務長官)、ライス(大統領補佐官)、ラムズフェルド(国防長官)といった我々の知る実在の人物が次々と登場。そのたびに、思わず「似ている!」と笑ってしまう。 コメディの名手が変幻自在のテクニックでホワイトハウスを超エンタメ化! ブッシュ政権"影の支配者"はチェイニー! その彼を操ったのは誰?映画『バイス』(4月5日公開)は、現代米国の政治史上最も謎に包まれ、悪徳に満ちた政治家ディック・チェイニーの裏側に迫った野心作だ(原題のVICEは、副大統領の”副”と”悪徳”の二重の意味を持つ)。ゴールデン・グローブ賞で主演男優賞を獲得。本年度アカデミー賞でも8部門(作品、監督、脚本、主演男優、助演男優、助演女優、編集、アカデミーメイクアップ&ヘアスタイリング)にノミネートされた。本作の主人公ディック・チェイニーを演じるのはハリウッドきっての役者バカと名高いクリスチャン・ベール。2004年の『マシニスト』で30㎏の減量を敢行し、骨と皮だけのやせた姿になったかと思えば、1年もたたないうちに『バットマン ビギンズ』で45㎏の増量を成功させマッチョな肉体に変貌し、観客の度肝を抜いたことは今や伝説だ。その後も2010年の『ザ・ファイター』で13㎏減量(アカデミー助助演男優賞受賞)。2014年の『アメリカン・ハッスル』で20㎏増量と、役作りのためには手段を選ばないその壮絶な姿勢は、我々に常に驚きを提供している。そして今回の『バイス』でもおよそ20㎏の増量を図ったというから役者バカの面目躍如だろう。だが、言うまでもないが、急激な体重の増減は心臓病のリスクがある。さすがのクリスチャン・ベールも40歳を超えて、家族の心配する声を無視できなかった。そこで本作では栄養士に相談。パイや卵を大量に摂取しながら、健康的な方法で(?)体重を増やしたとアナウンスされている。ちなみに、心臓発作という持病を持つチェイニーを演じるにあたり、ベールも心臓発作についていろいろと調べ、演技に取り入れた。その演技を間近で見ていたアダム・マッケイ監督自身はヘビースモーカーだったが、ある日、自分の症状が、ベールが演じたチェイニーの姿に似ていることに気づいた。そこで病院に駆けつけてみると、心臓病を早期発見。事なきを得たという。マッケイ監督は後に「僕を助けてくれたのはクリスチャンかチェイニーのどっちかだよ」と笑っていたという。やせた俳優が、まったく別人に変ぼうし、高い評価を受けた…、という話を聞くと、『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(2017年)に主演したゲイリー・オールドマンを思い出す。メイクアップアーティスト辻一弘氏(アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞)の特殊メイクの力を借りて、丸々と太ったイギリスのチャーチル首相に変身したオールドマンの姿はまったくの別人で、映画ファンを驚かせた(自らもアカデミー主演男優賞受賞)。そんなオールドマンとベールの役作りのアプローチの違いについて、米「バラエティー」誌に掲載された二人の会話が最高なのでここで引用したい。ベールが「チャーチルになるために何キロ太ったんだい?」と尋ねると、「なんで? 全然太ってないよ」とオールドマン。それを聞いたベールは「なんてこったい。僕は馬鹿だったよ。僕は今まで実際に体重を増やせばいいと思っていたけど、映画の特殊メイクがこんなに進化していたなんて知らなかったよ!」と嘆いたという。そのアドバイスが念頭にあったのかどうかは不明だが、63歳のチェイニーになりきるために、ベールは1日5時間近くかけて特殊メイクを施し、撮影に挑んだ。そうした肉体改造と特殊メイクによって作り上げた見た目はもちろんのこと、時折見せる邪悪な表情も相まって、「ダース・ベイダー」のような悪の魅力に満ちあふれたキャラクターに仕上がった。結果、本作はアカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲得した。『バイス』にはチェイニーをはじめ、ジョージ・W・ブッシュ大統領、パウエル(国務長官)、ライス(大統領補佐官)、ラムズフェルド(国防長官)といった我々の知る実在の人物が次々と登場。そのたびに、思わず「似ている!」と笑ってしまう。しかもそれらを演じているのが、アカデミー賞受賞者やノミネート経験者を中心としたハリウッドを代表する芸達者ぞろいだから、そのクオリティーも折り紙付きだ。特にブッシュ大統領を演じたサム・ロックウェルのなりきりぶりは特筆すべきものがある。チェイニーが「キミ(ブッシュ)は物事を勘で決めるリーダーだ。それなら私が平凡な任務を担当できるかもしれない」と言いながら、官僚や軍、エネルギー政策から外交政策に至るまで、あらゆる実権を掌握しようと悪巧みを企てる。ブッシュはその前でフライドチキンにかじりつき、手に付いた脂をチュパチュパッとなめながら「それいいね!」と無邪気に語る。このシーンは予告編にも印象的に使われていたが、ブッシュの脳天気さをこれ以上なく表現していて笑える。かくしてブッシュ政権を陰で操り、強大なる権力を手中に収めたチェイニーだが、そこに至るには妻のリン・チェイニーの存在を忘れるわけにはいかない。ディックがイェール大学を退学したときも、飲酒運転を起こして人生のどん底に落ちた時も、リンの励ましが彼を立ち直らせた。女性の社会進出が今ほど進んでいなかった時代、リンは自分の中にあふれる野心・野望を夫のディックに託した。話し下手なディックと違い、リンのスピーチは大勢の聴衆を大いに魅了。夫の躍進に大いに貢献した。ブッシュ政権の影の支配者と言われるチェイニーだが、その裏では妻のリンに尻を叩き続けられ、コントロールされてきたというのは面白い皮肉だ。ブッシュ政権下において、チェイニーが副大統領についていたのは2001年から2009年。この映画の登場人物は存命の人物が多く、人々の記憶もまだまだ生々しい。そんな最近の政治家を題材にして、1本の映画に仕上げたというから、アメリカのエンターテインメント業界は奥深い。プロデューサーには、ハリウッドスターのブラッド・ピットやウィル・フェレルも参加している。当然ながらディック・チェイニー本人には許諾をとっていない。マッケイ監督は「だってチェイニーに許諾をとったら、彼が入れるなということは入れられなくなるじゃないか」と語る。娘のリズ・チェイニーは「わたしはこの映画は観ていないけど、お父さんは大好きよ」と語るなど、不快感を隠していない。監督のアダム・マッケイは、アメリカの人気コメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」の出身。同番組は、政治風刺のコントが名物で、その時々の政治家や大統領などをちゃかしてみせるのが特色だ。本作でも、重厚な政治劇が展開されるのかと思ったら、いきなり「サタデー・ナイト・ライブ」らしいパロディ、風刺などが織り込まれる。マッケイ監督の前作『マネー・ショート 華麗なる大逆転』でも、そのポップで自由奔放な語り口が印象的だったが、本作はそれがさらに進化。「政界のダース・ベイダー」と呼ばれた男の底知れない人物像を毒っ気たっぷりに描き出し、観客をゲラゲラと笑わせながらも、やがて背筋をゾーッとさせてくれる。この『バイス』、第91回アカデミー賞で作品賞にノミネートされた全8作品(下記、日本公開順)で、一番最後の日本公開となった。『ブラックパンサー』18年3月1日公開ノミネート8作品はどれもが傑作だ。本国では作品賞『グリーンブック』という結果はすでに出ているが、我々の“心のアカデミー賞作品賞”発表はこれからだ。日本の観客が追体験できる2019年のオスカーレース8番勝負もいよいよ本作がフィナーレ。だが、最終戦にして、ラスボス級の面白い作品がやってきた。読者の皆さんの“作品賞”はいかに?