新型コロナウイルスの感染拡大が続くインド。2020年3月25日から始まったロックダウンは2度延長され、現在5月17日までの「ロックダウン3.0」が続いている。そのインドを4月末、ショックなニュースが2日連続で襲った。4月29日には、『めぐり逢わせのお弁当』(2013年)や『ヒンディー・ミディアム』(2017年)で日本でもお馴染みの俳優イルファーン・カーンが、そして4月30日には『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1! イルファーン・カーンは1967年1月7日生まれの、まだ53歳。インド映画だけでなくハリウッド映画でも活躍していたので、顔を見れば「ああ、あの俳優か」と思う映画ファンも多いだろう。 !』(2012年)の校長役などで知られるリシ・カプールが亡くなったのである。2人とも病を得ての治療中ではあったのだが、あまりにも急な訃報だった。『ヒンディー・ミディアム』© Hindi Medium All rights reserverd.イルファーン・カーンは1967年1月7日生まれの、まだ53歳。インド映画だけでなくハリウッド映画でも活躍していたので、顔を見れば「ああ、あの俳優か」と思う映画ファンも多いだろう。『マイティ・ハート/愛と絆』(2007年)でパキスタン警察の捜査主任を演じて以来、『スラムドッグ$ミリオネア』(2008年)では主人公ジャマールのウソを暴こうとする警察官、『アメイジング・スパイダーマン』(2012年)では悪役、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(2012年)では大人になった主人公パイ、『ジュラシック・ワールド』(2015年)では新オーナーの役等々でお馴染みである。また、NHKで放送されたドラマ「東京裁判」(2016年)で、パール判事を演じた姿を憶えている人も多いかも知れない。だが、インド映画の出演作はこの10倍以上、約80本に上る。確かな演技力、にじみ出る存在感、シリアスな作品もコメディも何でもこなせる幅の広さを持ちながら、一歩引いた立ち位置で作品の質を確かなものにする――そんな彼は、インド人俳優の中にあっても希有な存在だった。『ヒンディー・ミディアム』© Hindi Medium All rights reserverd.そんなイルファーンが生まれたのは、観光地として有名なラージャスターン州のジャイプルで、本名はサーハブザーデー・イルファーン・アリー・カーンという。父はタイヤ製造業を営み、中流家庭で育った。母方の叔父の影響で演劇に興味を持った彼は、地元での学業を終えたあと、1984年デリーにある国立演劇学校(NSD)に入学。NSDはオーム・プリーやナワーズッディーン・シッディーキーら、多くの映画人を輩出している名門演劇学校だ。イルファーンの妻スターパーもNSD出身で、2人は1995年に結婚している。『ヒンディー・ミディアム』NSD卒業後ムンバイに移ったイルファーンは、1987年にミーラー・ナーイル監督作品『サラーム・ボンベイ!』(1988年)で小さな役を得る。主人公のクリシュナ少年が手紙の依頼に訪れる路上の代書屋で、ほんの数分の出番だった。ミーラー・ナーイル監督はその後、『その名にちなんで』(2006年)でもイルファーンを起用し、タブーと共に主人公の両親を演じさせた。だが『サラーム・ボンベイ!』出演後10年あまりは、映画やテレビドラマに出ていたものの鳴かず飛ばず。転機は2003年で、まず『Haasil/入手(原題)』での悪役演技が認められ、翌年、フィルムフェア賞の悪役賞を受賞する。また、「マクベス」の翻案『Maqbool/マクブール(原題)』の主役にも抜擢され、注目を集める。こうしてアート系の作品からコメディ映画まで幅広く活躍し、人々に顔と名前を憶えられるようになっていった。『めぐり逢わせのお弁当』2010年代に入るとさらに活躍は広がり、外国映画出演のほか、実在の盗賊を描いた『Paan Singh Tomar/パーン・シン・トーマル(原題)』(2012年)では国家映画祭の主演男優賞を受賞、前述の『めぐり逢わせのお弁当』では第8回アジアン・フィルム・アワードの主演男優賞を獲得するなど、作品と彼の演技が高い評価を受け始める。超大物俳優アミターブ・バッチャンと共演した『ピクー』(2015年)や、『ヒンディー・ミディアム』なども、評価が高かった作品だ。ところが、そんな順風満帆のさなか、イルファーン・カーンは体調を崩す。神経内分泌腫瘍という非常にまれな癌にかかったことを2018年3月に公表した彼は、その後イギリスでの治療に入る。のちに彼が語った話によると、あまりにもまれな病気だったため、治療に当たる医師たちも、薬を投与しても治癒の方向に行っているのかどうか判断に迷ったそうだ。そんな治療を経て2019年2月にインドに帰国し、『Angrezi Medium/英語ミディアム(原題)』の撮影に参加して完成させたのだが、この作品は2020年3月13日から公開されたものの、イルファーン・カーンの声によるプロモーション参加も空しく、コロナ禍による休館のために上映がストップした。そして4月末、<「3日前に亡くなったジャイプルに住む母親の葬儀にロックダウンのため参列できない」とイルファーン・カーンが嘆いている>というニュースが伝えられた直後、彼自身が体調を崩して病院に運ばれたというニュースが続き、そして訃報がもたらされた。インドのみならず世界中の映画人と映画ファンから、彼の死を悼む声が上がったのは当然だろう。ところがイルファーンの訃報を聞いた翌日、今度はベテラン俳優リシ・カプールの訃報が飛び込んできた。リシ・カプールは“インド映画界のキング”と言われた監督・俳優・プロデューサーで、『放浪者』(1951年)や『詐欺師』(1955年)で知られるラージ・カプールの息子であり、1970~1990年代は超人気俳優だった。Netflixオリジナル映画『ラジマライス 父の秘密作戦』独占配信中また、息子が『バルフィ! 人生に唄えば』(2011年)やリシ・カプールは2018年に白血病であることが判明、ニューヨークに渡って治療を続けた後、2019年9月に帰国。闘病を支えた妻ニートゥー・シンは、かつて数々の作品でリシの相手役を務めており、2人はシャー・ルク・カーン主演作『命ある限り』(2012年)でも夫婦役で出演している。息子ランビールがNetflixオリジナル映画『ラジマライス 父の秘密作戦』独占配信中リシ・カプールは1952年9月4日生まれで、彼も67歳とまだ若い。Netflixでは『ラジマライス 父の秘密作戦』(2018年)が見られるが、若い頃のヒット作『アマル・アクバル・アントニー』(1977年)や、最近出演した秀作『Mulk/祖国(原題)』(2018年)なども見られるようにならないものかと思う。いま、インドは2人の名優を喪失した悲しみに沈んでいる。Netflixオリジナル映画『ラジマライス 父の秘密作戦』独占配信中文:松岡環『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』『めぐり逢わせのお弁当』はAmazon Prime Videoで配信中『ラジマライス 父の秘密作戦』はNetflixで独占配信中関連記事このホームページに掲載されているデータを権利者の許諾なく使用することを禁じます。 イルファン・カーンは以前神経内分泌腫瘍と診断されていて、ロンドンで治療していたが、4月に新作撮影にあわせムンバイにもどって入院。その後結腸感染症で亡くなったという。享年53歳。 1967年1月7日、インドのラジャスタン生まれ。 イルファン・カーンは以前神経内分泌腫瘍と診断されていて、ロンドンで治療していたが、4月に新作撮影にあわせムンバイにもどって入院。その後結腸感染症で亡くなったという。享年53歳。1967年1月7日、インドのラジャスタン生まれ。1980年代後半から母国のテレビで活躍するようになり、次第に実力を発揮して2000年代から映画にも進出。2006年ミーラー・ナーイル監督の「その名にちなんで」で評価を高め、ハリウッドでも活躍するようになった。主な出演作は「マイティ・ハート」(2007)「ダージリン急行」(2007)「スラムドッグ$ミリオネア」(2008)「アメイジング・スパイダーマン」(2012)「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日間」(2012)「めぐり逢わせのお弁当」(2013)「ジュラシック・ワールド」(2014)「インフェルノ」(2016)などphoto by Getty ImagesThis article is a sponsored article by